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医療機関における医薬品関連インシデントレポートの収集と分析に関する実態調査

About

私たちの研究グループでは,インシデントレポートの記述を最大限活用し,医薬品安全管理に役立てる手法を開発することを目指しています.本研究では,臨床現場でのインシデントレポートの収集や分析の実態,課題を明らかにすることを目的として,質問紙調査を実施いたしました.

※科学研究費 挑戦的研究(萌芽)「深層学習を用いたインシデント文章分析によるプロアクティブリスク管理手法の確立」(令和4-6年度)(研究代表者:堀(慶應義塾大学薬学部教授),研究分担者:舟越(亀田総合病院薬剤部 薬剤部長))

調査結果(速報)

2023725日(火)~20231011日(水)に医薬品関連インシデントの収集,分析についてお伺いするアンケート調査を実施いたしました.多数のご回答をいただき誠にありがとうございました.
以下に回答結果(速報)をお知らせいたします.

 

対象者 ランダム抽出した2,000施設の病院に勤務する各施設の医薬品安全管理責任者,または,医薬品安全管理責任者が指定した方1
回答数 414件

回答率20.7%

調査方法 ランダム抽出した病院に対して調査票を送付
回答期間 2023725日(火)~20231011日(水)

※慶應義塾大学薬学部「人を対象とする研究倫理委員会」の承認を得て実施(承認番号230621-2)

インシデントレポートの作成状況とインシデントの要因分析状況

本調査では,医療機関で発生する医薬品に関連したインシデント・アクシデント※1を患者影響レベル0/1/2/3a/3b以上※2の5段階に分けて,インシデントレポートの作成状況とインシデントの要因分析状況をたずねました.
「インシデント・アクシデントが生じた際にレポートを作成していますか.」という設問に「必ず作成している」「一部事例で作成している」と回答した割合は全ての影響レベルで95%以上であることから,レポートの作成は影響レベルに関わらず行われていることが分かりました.
「インシデントが生じた各部署で,インシデントレポート作成前,または後に要因を分析して改善策を立案していますか.」という設問に対して,「必ず行っている」と回答した割合は,影響レベルが高くなるほど,大きくなる傾向が見られました.中でも,影響レベル0については「必ず行っている」と回答した割合が最も低く,約40%にとどまりました(図).

図 影響レベル0のインシデント・アクシデントの要因分析の実施状況(n=407)

※1 インシデント・アクシデントについて

  • 「医薬品に関連したインシデント」:医薬品の処方・調剤・投与・服用の全過程において,誤った医療行為などが患者に実施される前に発見された事例,あるいは誤った医療行為などが患者に実施されたが,結果として患者に大きな影響を及ぼさなかった事例.医療従事者の過失の有無は問わない.
  • 「医薬品に関連したアクシデント」:医薬品の処方・調剤・投与・服用の全過程において,誤った医療行為などが結果として患者へ意図しない障害を生じ,その結果が一定以上の影響を与えた事例.医療従事者の過失の有無は問わない.

※2 インシデントの患者影響レベルについて

  • 影響レベル0:エラーや医薬品・医療用具の不具合が見られたが,患者には実施されなかった
  • 影響レベル1:患者への実害はなかった(何らかの影響を与えた可能性は否定できない)
  • 影響レベル2:処置や治療は行わなかった(患者観察の強化,バイタルサインの軽度変化,安全確認のための検査などの必要性は生じた)
  • 影響レベル3a:簡単な処置や治療を要した(消毒,湿布,皮膚の縫合,鎮痛剤の投与など)
  • 影響レベル3b以上:濃厚な処置や治療を要した(バイタルサインの高度変化,人工呼吸器の装着,手術,入院日数の延長,外来患者の入院,骨折など)・永続的な障害や後遺症が残った・死亡(原疾患の自然経過によるものを除く)

 

インシデント分析に用いる手法

「インシデントが生じた各部署で,どのように要因を分析して改善策を立案していますか.」という設問に対する回答の結果は以下のグラフの通りです.影響レベルが上がるほど「分析手法を用いて行っている」と回答した割合は増えますが,影響レベル3b以上であっても約40%にとどまるなど,分析手法を用いて行う病院は少ないことが分かりました(図).分析手法を用いない理由として,「時間・人手が不足している」や「分析手法を用いた分析を行うことのできる人が少ない」が多く挙げられていました.

具体的な分析手法としては,RCARoot Cause Analysis:根本原因分析)1が最も多く使われていました.次いでSHEL/SHELLモデル2P-mSHELLモデル3が多いものの,RCAの半数程度でした.

図 影響レベル3b以上のインシデントに関する要因分析手法の利用状況(n=405

※1 RCA(Root Cause Analysis):根本原因分析,通称なぜなぜ分析

※2 SHEL/SHELLモデル(Software,Hardware,Environment,Liveware):フレームワーク型分析手法

※3 P-mSHELLモデル(Patient,management,Software,Hardware,Environment,Liveware):フレームワーク型分析手法

 

医療従事者がインシデントについて抱えている課題

医療従事者がインシデント対応時に苦労している点としては,「インシデントレポートの作成に時間がかかる」「提案されるインシデントの防止策が毎回似たものになってしまう」と回答した割合が高く,特に職務経験1-3年の医療従事者では,「インシデントの原因分析が難しい」,「インシデントレポートの記述が不十分である」といった記述も多く見られました.

調査結果(速報)のまとめ

以上の結果より,各病院でインシデントレポートの作成は患者影響レベルの大小に関わらず行われているものの,インシデントの要因分析は患者影響レベルが低いほど行われていない傾向が見られました.RCAP-mSHELLなどの手法を用いた要因分析は,その実施障壁の高さから,用いている施設が少ないことが想定されます.

現在,本調査結果のさらに詳細な解析を進めています.解析結果は,後日学会および学術誌での公表を予定しています.公表状況につきましても,こちらのホームページにて,随時お知らせしてまいります.

今後の展開

本調査では,医療従事者がインシデントについて抱えている課題として,インシデントの要因分析に苦労していることが挙げられました.このことから,インシデントの要因分析を支援する手法の開発は,様々な観点からインシデント要因を考え,深めることを可能にし,実効性のあるインシデント防止策を考えるうえで重要であると考えられます.

そこで我々の研究グループでは,フレームワーク型分析手法の1つであるP-mSHELLモデルに基づいて,インシデントレポートの自由記述に要因ラベルを自動付与する分類器の構築を進めています(プロアクティブな医療安全(Patient Safety)の実現).